深圧 SHIN-ATSU 松本深圧院グループ 私達は深圧という特殊技術により、お客様それぞれにあったQOL(Quality of Life)の実現に貢献します

自骨手術のお話 2

皆さんお待たせいたしました。
両側RAOの経験を持つ理学療法士、NORIさんに登場願いましょう。
彼女は弘前に住んでいます。
彼女の経過を見ていると、彼女は一生自骨で過ごせると考えています。



はじめまして!私は、かれこれ・・・・年前に両側RAOを受けた現役の理学療法士です。 今回、時に変股症患者として勇気づけられ、また時には理学療法士としてこっそり知識を教えてもらっているブログに出演させていただき、たいへん光栄かつ恐縮しています。

 【手術前後のこと】

 私自身、先天性股関節脱臼があったことを知ったのは、13歳の春でした。
 当時所属していたバドミントン部の練習中、右の股関節が痛み出したのです。
帰ってからそのことを母に話しました。
 「ああ、やっぱりきたかぁ・・」 母の第一声でした。
私は母に連れられ、地元弘前の大学病院を受診しました。
 「今は手術をするほど悪くはないが、これから悪くならないよう、激しい運動はしないように」
・・・と先生に言われました。とてもショックでした。
しかし私は、先生の話を無視して、中学、高校とバドミントンを続けました。
今思うと、中学の頃が一番痛みが強かったですね。 練習がとてもハードでしたから・・・
その後、約10年間 股関節痛とはまさに無縁でした。
痛みがなかったのです。
そして24歳の春、私は再度、自分の股関節が悪かったことを実感させられる時がやってきました。
同時に、私といとしの股関節ちゃんとの長ーいお付き合いの始まりでもありました。
当時私は、埼玉医科大学付属病院で勤務していました。そしてその埼玉医大には股関節専門の先生がいらっしゃいました。
おかげで整形外科はいつも満員御礼、でしたね。
「私の脚もちょっと診てもらおうっかな・・・」
その頃の私は、仕事が忙しくて動き回ったり、階段昇降が多くなったりすると少し痛みが出る程度でしたので、ホント気軽に、今の状態を知っておいてもいいかな、くらいのホント軽ーい気持ちで受診したのです。
 しかし、先生の診断結果は、 クロ  でした。
「早いうちに手術した方がいいですよ。今なら自骨で手術できます。手術後も普通にスポーツもできます。出産も普通にできますよ。」
頭の中は 真っ白 とまではいきませんでしたが、明らかにグレーでした。   
その頃、私は就職して2年目、仕事が面白くなってきた頃でした。
そんな時に半年も仕事を休むなんて・・、それに手術をした時の方がしないでいる時より脚への影響が大きいのではないか、今は痛みもそれほどじゃないし、どうせ手術するならもっと痛くてどうしようもなくなってからでもいいかな・・・   いろんな事を考えました。 
 そして 出した結論は、手術を受ける、でした。
私が勧められた手術、RAOは初期の変股症の人が行うと術後の経過がとても良いということ、それにこのまま放っておいてもいずれやるんだったら今のうちやっちゃおうかな、という悩んだ割には簡単な理由です。
さらに言えば、この手術が脚の事だけでなく、私の全てに関して何か良くなるような気がした?そんな感じです。



あっもうこんな時間だ・・ご飯食べなきゃ。
明日につづく


変形性股関節症を怖がらないでね




【INFOMATUION】

出張予定  11月3日~ 5日 広島市
      12月9日~12日 大阪
        具体的には未定です。
        心の準備をしていてください。

某病院覗き見計画 11月某日 決定

10月の空き時間
    (10月4日 14:00現在)
10月15日 17:00~
10月23日 17:00~       
10月24日 17:00~
       19:00~
10月26日 19:00~
10月27日 17:00~
       
10月28日 17:00~
10月30日 
       17:00~
       19:00~
10月31日 17:00~
       19:00~
ついでに11月

11月7日  18:00~
11月9日  11:00~
       15:00~
       17:00~
       19:00~
11月10日 11:00~
       
       15:00~
       19:00~
11月11日 15:00~
       17:00~
       19:00~