深圧 SHIN-ATSU 松本深圧院グループ 私達は深圧という特殊技術により、お客様それぞれにあったQOL(Quality of Life)の実現に貢献します

体験談 第1弾! JUNKOさん 2

婦人科医には二人目は帝王切開を薦められました。
整形外科でレントゲン撮影した所「あなたねぇ~!
お産どころでは無いよ、股関節が非常に悪い、しかも両足だ」と吐き捨てるように言われました。

そうは言われてももう産むしかない時期になり長女を
一人っ子にしたくない思いと日に日に大きくなり増加
した体重をやっとの思いで支えていた私の股関節に
もう少しだけ頑張って、、、と祈りました。

婦人科医と取り決めた帝王切開手術の予定日より
一週間早く入院した私でしたが酷い風邪に罹り
咳が止まらずいつまでも手術が出来ない状態に陥り
家に残した長女を思い落ち込んでいました。

その時、婦長が「一人目は自然分娩したのだから
二人目は産道が出来ているはず私が普通分娩で
脚に負担を掛けずに介添えしてあげるよ」と言って
下さったので自然分娩を決心し両親と夫に
「帝王切開は止めて普通分娩にするから」と電話した所、夫は「JUNKOがそうしたいのなら・・・」と同意して
くれましたが父は病院に飛んで来て
「お前は親にどこまで心配をかけるつもりなんだ・・」
と怒鳴られました。

その時は父親の理不尽な言葉に傷付きました。
今、親になってあの時の父親の言葉に込められた
親心が理解出来ます。
無類の子供好きな父は次女の誕生を大変、
喜んで産後の手伝いに母をよこしてくれました。

二人目の赤ちゃんは一人目の時とは異なり手の掛からない子供でした。

一人目は一時間置きに起きて大泣きし授乳、
24時間そんな調子で夜泣きにも悩まされました。
日がな抱っこしなければならない子育てでした。

二人目は眠くなればいつの間にか眠り、ミルクを飲み
ライナスの毛布もどきのタオルケットを握り締め
指しゃぶりをして、一人遊びの上手な子でした。
「案ずるより産むが易し」ですね。
また長女も良く妹を可愛がり面倒を見てくれました
ので次女は家族全員の手で育てた感じです。

次女の首が座った頃、父は進行性の肝臓癌に
侵されている事が判明、既に腹水が溜まり末期
の状態で私は夫と長女を送り出しベビーバスケットに
次女を入れて高速で父の病院に通い続けました。
この頃は脚が痛い中でしたが、協力して下さる
友人知人の方々のご好意で病院に行っている間は
次女を預かって頂き必死な気持ちの方が痛みに勝り
無我夢中で過ごしていました。

次女、五ヶ月の時に56歳の若さで父は旅立ちました。
一年位は季節が移り変わる事も感じられないような気持ちで過ごしていましたがそれを救ってくれたのは次女の子育てでした。
この頃、座って次女を抱きしめている私を見て夫が
「良かったねぇ~!OOが(次女)居て」と言ってくれたので私はこの子に救われていると実感しました。

月日は過ぎて次女は保育園、長女が中学受験を
したいとの希望を叶える為に私は勤めに出ました。

脚に負担の掛からない仕事を見つけ数年、働き
ましたがこの時は脚の痛みと長女の「家に居て欲しい」
との希望から専業主婦に戻り、我が身を振り返る
余裕が出て来ましたので改めて整形外科を受診
しましたがやはり治療は牽引、電気治療、マッサージ
に湿布と痛み止めが加わったくらいでした。
この時、「持つな、歩くな、長時間立つな」と三つの
指示を受けました。

私は指示通り、家事も適当に家でごろごろする日々
を送るようになりました。
そうする事が大切だと信じ安静、安静と考えていました。

結果、太り、引き篭もりに近い状態で毎日、
イライラしていました。
母親に「脚が痛くて」を口癖のように言いそれを聞いた
母親は事あるごとに家に手伝いに来てくれて
「私はしっかり念を入れて産んだつもりなのに、、、」と
言いながら涙をこぼしていました。

母親を攻めるつもりなど無かったのですが結果、悲しませていた事をこの時の母親の気持ちを今、感じています。


JUNKOさんのご主人とは同級生でして、いつも親しくしてもらってます。
お二人は仲がよくない様に見える、仲のよいご夫婦です。
ご主人は施術にも興味を持ってくれて、いつもJUNKOさんのお尻を押してくれているようです。
いつまでも仲良くしてくれ!
ちくしょう~!・・・泣かせやがって!

つづく