深圧 SHIN-ATSU 松本深圧院グループ 私達は深圧という特殊技術により、お客様それぞれにあったQOL(Quality of Life)の実現に貢献します

アイルランドにいつか行きます。

私が小さい頃、私の自宅に頻繁に神父さんが遊びに来ていたようです。
私には記憶はありませんが、その写真を多く見たことがあります。

その頃の神父さんはアイルランド人が多かったようです。
神父さんはじいやに『アイルランドに遊びにおいでよ。』とかなりしつこく誘っていたようです。
しかし、じいやは様々な理由で行けなかったようです。

それから40年後、埼玉県の東松山市で1人の英語教師が市の広報で友達を募集していました。
彼はアイルランドから来ていました。
その記事を見たおば(じいやの子供、JAMESの姉、私のおば)は、彼がアイルランド人とは知らずに、応募したようです。
2人は親子以上に年齢が離れていましたが、友達として仲良くなり、いろいろ旅行に行ったり、食事をしたりしていたようです。
ある時食事をしながらアイルランド人の彼がおばに向かって『私のおじは和歌山県の龍神村というところで神父をしていました。』と言ったそうです。
おばはクリスチャンで『私も龍神村の出身で、教会には行っていましたよ。』と答えたそうです。
彼のおじさんは、おばが行っていた教会で(私もそこの幼稚園に行っていました)神父をしていた時期があったようです。
2人はこの偶然に意気投合して、さらに仲が良くなったようです。

その数年前から、なぜか私の妹が働いてお金を貯めては、アイルランドに一人旅に出かけていました。
その後おばは英語を学びアイルランドにホームステイ(その頃おばは65歳くらいだったと思います。)をしていました。その時は彼もすでにアイルランドに帰っていました。
妹もそのホームステイ先を訪ねては、おばとヨーロッパ各地の旅行に行ったり、3人でアイルランド各地をまわったようです。

昨年11月に妹は亡くなりましたが、ちょうどその頃おばは癌センターに入院していました。
2人は仲が良かったので、おばはかなりショックのようでした。
アイルランド人の彼は、久しぶりにこの5月に日本来ることになっていました。
しかし、おばは彼に会うことなく4月14日に他界しました。
14日と言えば、私は大阪、JAMESは札幌で仕事をしていました。
私の父もそうでしたが、おばも大学病院に献体を希望しており、亡くなったらすぐに大学病院に運ばれました。
葬式はしないで、お世話になった方々でしのぶ会だけやってほしいという考えでした。
ですから、私もJAMESもすでにお別れの挨拶を済ましており、その後普通に仕事しました。

おばは今頃妹と再会して、2人で楽しく旅の計画でも立てていると思います。
淋しくて悲しいことでしたが、妹に話し相手ができたと思うとなんかホッとしました。

日本から遠く離れたアイルランド。
なんとなく縁を感じるアイルランド。
日本に似ていると聞いたことがあります。
私もいつか行ってみたいと思います。

おばや妹との再会を楽しみにしながら、天職に一生懸命励もうっと。

おばの冥福を祈ります。


一度しかない人生、楽しみましょう