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変形性股関節症 痛みの推移(炎症と筋肉痛)

 

関東地方も梅雨入りしたそうで、しばらくはジメジメした気候が続きそうです。

 

梅雨といえば、股関節の手術をした後年しばらくの間は手術の創のあたりがうずくように痛くなることがありましたし、状態が悪化した頃も鈍痛をよく感じていたものでした。

 

いまでは梅雨時期だからといってもとくに変りもなく、安定した状態が続いています。

 

さて、この通り、わたしの股関節の状態はとてもいいですし、整形外科的な診断上では「末期」であろうとも、苦痛なく快適な生活を送ることができています。

 

先日、当院の先生と股関節痛と炎症の関係についてちょっと話をしていたのですが、それになぞって自分の股関節痛発症から現在の良好な状態になるまでの“痛みの推移”を振り返ってみました。

 

 

痛みが生じる前段階

 

1990年夏:

 

大学在学中の夏休み、整形外科的に言うと「前期症状」、かつ痛みも生活における支障も全くない状態で、将来の「悪化」を防ぐ目的で臼蓋回転骨切り術を受ける。

 

術後、何とか順調に回復し、半年後には杖無しでほぼ普通の生活を送れるようになる。

 

股関節痛は発症しないものの、手術によって生じた脚長差が原因となり、その後、ずっと腰痛に苦しめられるようになる。

 

状態の変化

 

1999年冬頃:

 

股関節の曲りが急足に悪化。

 

股関節周りの可動域が狭くなり、動きが明らかに悪くなる。

 

この頃から鈍痛、違和感を感じるようになるが、ひどい痛みではない。

 

レントゲン上では、術後の時より明らかに関節の隙間がなくなっている(関節軟骨が減っている状態)。

 

ただし、当時は企業派遣により大学院へ留学中であり、キャンパス内の寮に住んでいたこともあって通勤苦もなく、生活上は特に問題なし。

 

痛みの発症

 

2000年冬:

 

鋭痛を感じるようになる。

 

歩行可能距離が短くなり、動くことが億劫になる。

 

少し長めの距離を歩くときには杖を使うようにする。

 

レントゲン上では、さらに関節軟骨が減ってしまったようで、関節の隙間がほとんど見えなくなっていた。

 

一年前からこの頃にかけて、明らかに変形が進んだ時期といえる(炎症前期)。

 

担当の整形外科医師からは、痛み止め薬でしのぐ、又は(痛みが我慢できないのであれば)人工股関節への置換しかないといわれる。

 

将来に全く希望が見えず、徐々に悲観的にならざるをえなかった頃。

 

2000年春:

 

同じ変股症患者の紹介で知った深圧を初体験。

 

当時、埼玉県ふじみ野で開業していた松本先生を訪問。

 

患部に触れる、筋肉をほぐすという全く未経験の治療に驚きと新鮮さを覚える。

 

ただし、場所が自宅より遠方であったため、その後、定期的に通院できず。

 

2000年初夏:

 

大学院を卒業して職場復帰。

 

当時住居のあった横浜市金沢区より都心への遠距離通勤が大きな負担となってしまい、日々股関節痛と腰痛がひどくなる。

 

都心近くへ引越す等の対策をしたが、痛みはひかず、冬になるにつれて更に痛みもひどくなる。

 

冬の寒さがとても辛く、暖かくして寝床に入っても体温が下がるとジンジンとする痛みで眠れない日々を過ごす。

 

炎症最大期、痛みのピークに突入したのがこの頃。

 

2001年晩冬:

 

駅の階段を上るのも辛く、このままでは仕事生活に多大な支障を及ぼしてしまうため、しばらく休職して徹底的にリハビリに費やすことを決意。

 

事前に松本先生へ相談し、集中治療によって徹底的に治療してもらうことに。

 

 

ざっとこのような痛みの経緯を経て深圧を受けるようになり、その後、長い時間をかけて改善に向かっていくのですが、ちょうど深圧による集中治療を受け始めたこの頃までが炎症のピークであり、変形は完全におさまって骨自体は安定期に入っていったように思います。

 

わたしのケースでは、変形痛み=炎症が連動して発症し、それが筋肉痛として爆発していきました。

 

深圧を集中的に受けるようになってからも、なかなか痛みはひきませんでした。

 

炎症後期(安定期)に筋肉痛が炎症と連動して改善していくのは、炎症前期から筋肉をほぐしていた場合に限るからであり、わたしの場合は炎症前期に筋肉をほぐしていないため、炎症前期から筋肉の痛みは暴走を始め、炎症後期に入ったときに炎症が軽減していくにもかかわらず、筋肉の痛みは強いまま続く状態であったのです。

 

当時、過去の負担が積み重なり、筋肉は「筋硬結=しこり」だらけで、驚くほどに硬質化していました。

 

痛みがあっても筋トレに励み、筋肉のケアなどまったく考慮してこなかった生活を長く続けてきたツケがまわってきたのです。

 

そうです、股関節の修復がおさまり、炎症が安定期に入ったにもかかわらず、痛みがなかなか引かなかったのは、筋肉に問題があったからなのでした。

 

いずれにせよ、当時は炎症主体の考え方もありませんでしたので、とにかく筋肉の痛みをとることに専心し、根気よくほぐしていこうということになりました。

 

長期的な視点での取り組みです。

 

股関節周辺だけでなく、大腿筋や内転筋など、多くの筋肉がしこりだらけでしたので、痛みが引き始めるまでにかなりの時間がかかったように思います。

 

週に2回の深圧による集中治療を続け、3ヶ月ほど経った頃に深圧の持続効果が出始め、明らかに動きやすくもなりました。

 

半年間の集中治療の結果、まだまだ継続ケアは必要であるものの、痛みそのものについてはかなり解消されましたので、仕事を含めて日常生活における大きな支障はほぼなくなったと判断し、仕事復帰することになりました。

 

ですが、やはり以前と同じようにはいきません。

 

状態が良くなったとはいえ、まだまだ筋肉に問題を抱えている状態でしたので、毎日の通勤などによる疲労が重なるにつれて好不調の波が激しくなり、身体(健康)と仕事生活とのバランスをとることが難しい日々が続きました。

 

そんなこんなで、いろいろと紆余曲折はありましたが、股関節自体の状態はゆっくりとながらも好転し続けてきたことには間違いなく、それで「いま」が一番調子がいいのです。

 

 

おさらいしてみると、変形と連動して生じた炎症によって筋肉の痛みが爆発し、その後、炎症自体はおさまってからも筋肉の病的状態(筋・筋膜痛症候群)がひどかったために、そこからの回復にかなりの時間を費やすことになってしまったのでした。

 

手術後、かなりの負担を強いてきたことで、筋肉はしこりだらけの病気状態になっていたのでしょうが、それがある時期に一気に表面化したのだと考えられます。

 

当時は、炎症主体診療という考え方はありませんでしたが、今ではその考え方によって、自分の痛みの推移を説明する上でより説得力を増します。

 

わたしの場合、とにかく筋肉の病気がキーでした。

 

筋肉のケアを疎かにしてきたことにより、炎症の発症によって引き起こされた筋肉の痛みはあまりにひどく、よってその後、長期間にわたっての治療・ケアを余儀なくされたのです。

 

現在でも注意している筋肉痛ですが、今では的が絞れるようになりました。

 

酷使し過ぎればやはり痛みは出ますが、そのほとんどが中殿筋あたりです。

 

だから安心なのです。

 

わたしの筋肉はいまだに固いのですが、質的にこれから急に軟らかくなることはないでしょうし、疲労が蓄積して“しこり”がひどくならないようにケアしていくしかありません。

 

でも、繰り返しますが、痛みが発症する原因、ケアすべきポイントを押さえているので、安心です。

 

何よりも、深圧がずっとそばにあると思えるだけで、心理的にもポジティブになれます。

 

皆さんにも、わたしと同じような思いを抱いてもらえるように、いつでも深圧がそばにあるという安心感をもってもらえるように、この事業を続けていきたいと思います。

 

 

2019年6月9日

 

 

 

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